24:01 終末予報

僕の中の空白概念
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/-- (--) --:--:-- | スポンサー広告 | Trackback(-) Comment(-)
(命の質と量)


 天寿をまっとうしたら幸せで
 若くして散ってゆけば不幸せ

 人は永遠の命を望み
 生きている事に意味があるらしい

 一秒でも長く生きること
 人は病院で生かされている





 お前の願いを叶える見返りとして
 お前の願いに見合った寿命を貰う

 お前が寿命を望むなら
 その長さに見合った生の質を貰う




 悪魔が問う



 

 砂人

    「よぉ 夢人
           あいかわらずだな」

 夢人

    「どうしたの最近、顔見なかったけど」

 砂人

    「ある奴の願いを叶えてやってたからな」

 夢人

    「まだそんな事してたんだ
      それより見てよこれ
     花を咲かせない植物なはずなのだけど
     花が咲いたんだ」

 砂人

    「そりゃぁ凄いな

     そうだ
      手土産だけど・・・・


     あの時・・・・


     学校・・・・・





 やがて扉から一人の男が出てくる




 「奴は、咲く事を選んだ
   咲いた後に身が滅びると知って
  それでも変化を望んで

  
  夢人・・・・


  お前はここから出てくる事は無いのか?
  永遠にこの何も変わらない夢の中で
  閉じこもる事を選ぶのか?」


 


スポンサーサイト
Comment
≪この記事へのコメント≫
どうも、ご無沙汰しております、和々です。

似たようなことを考えたことがあります。
人の生きられる時間は実は似たような長さのろうそくで、激しく燃えたろうそくはすぐに短くなるし、ちろちろ燃えているろうそくは長く燃え続けます。
もちろん途中で風が吹いて消えることもあれば、どっかの子どもが水でっぽうで遊んで火を消してしまうこともあり得ますが。

生きていられることが必ずしも一概に幸せだとはいえないかもしれません。
だから生き地獄なんて言葉が生まれたわけですし・・・
ただ命の続く中になにかひとつでも幸せと呼べるものを見つけられることはどんな長さであれ生きる意味のひとつで、一生の「味」になるのではないかと思います。

えーと・・・これだけ語っといて今更ですが詩の主旨とズレたこと言ってましたらすいません。しかも長いorz

長々と失礼しました。
これからもよろしければ素敵な文章の方拝見させてください。
2007/02/24(土) 14:20:15 | URL | 和々 #RXtWfVJQ[ 編集]
こんばんわ
限りあるものは永遠を望んで
永遠を手にしたものは限りあるものを羨む。
永遠に命があるとすれば、
それは「苦しみも永遠だ」と私は思ってしまいます。
でももし、朽ち果てる運命を選んだとしても、
永遠になる運命を選んだとしても、
その人が幸福と感じられるならそれはそれでいいのかも知れませんね。

でわ^^
2007/02/25(日) 23:42:44 | URL | トコ #-[ 編集]
命の蝋燭
実際に何をしたかで寿命がそんなに
変わる事はないと思いますが
それでも”太く短く”という言葉のような生き方もあるのでしょうか。
ろうそくの燃え方というより
灯りを使ってなにかを探す
(生きる意味であれなんであれ)
そういうものかもしれません
2007/02/27(火) 09:49:59 | URL | 砂人→和々さんへ #-[ 編集]
実際はそんなことはないのかもしれませんが
分子が同じなら分母に長い時間が入ると
物事が薄まってしまう気がします。
ただ単に順応、適応の関係で心の
ゆれが小さくなるだけなのでしょうが
安定を望む。刺激を望む
そのどちらも人間であって
どちらも幸せなのかもしれません
(他の人からみてどうかではなく)
2007/02/27(火) 09:53:45 | URL | 砂人→トコさんへ #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
Secret: 管理者にだけ表示を許可する
 
Trackback
この記事のトラックバックURL
≪この記事へのトラックバック≫
Designed by aykm.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。